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「生涯独身。子どもはいらない」と思っていた私が、妊娠するに至るまで①

birds flying on a twilight sky

40歳になり、娘ももうすぐ2歳。
このタイミングで、結婚、妊娠、出産までの自分の変化を振り返ってみようと思います。

目次

結婚も子どもも考えていなかった20代~30代前半

夫との出会いは2015年、結婚は2019年、子どもを考え始めたのは2020年。

もともと、結婚と子どもは別の話だと思っていました。
夫も「どちらでもいいよ。君がほしいと思ったらそうしよう」というタイプ。
でも、喫煙者だった彼が「いつか子どもをもつかもしれない」と思ってタバコをやめていたという話は、つきあい始めた頃に聞いていました。彼は、いつか父になる未来を思い描いてはいながらも、私の意志を尊重することを優先していたのではないかと思います。

一方、私は、中学生の頃から「生涯独身。子どもはもたない」と決め、「将来はスーツケースひとつで好きな時に好きなホテルに泊まり、食べたいものを食べる」ことを夢としていました。
2014年、31歳で海外駐在員となり、出張で頻繁に飛行機に乗るようになった私は、夢のスーツケース暮らしがほんの少しだけ、手に届くようになってきていました。

2年つきあった彼と遠距離恋愛へ・すてきな家族との出会い

彼とつきあって2年が経ったころ、私に会社から辞令が出ました。ドイツからマレーシアへの転勤です。東南アジアでも働いてみたかった私は、最初から行くと決めていました。彼は私の夢を応援し、送り出してくれました。

ドイツでの3年半の生活を終え、マレーシアでの新たな生活が始まりました。
そこで大きな出会いがありました。新しい上司とその奥様です。
50代前半のご夫婦で、12歳の一人娘がいました。上司は家族が大好きで企画が得意。自宅で映画を観たり、バドミントンをしたり、話題のカフェに足を運んだり、旅行したりと、平日・週末問わず、家族3人でいつも何かをしていました。そして上司も奥様も、週に何度か私に声をかけては、自宅に招いて夕飯をふるまってくださったり、差し入れをくださったり、どこかに連れ出したりしてくださいました。単身の私を気遣ってというだけでなく、ほかのご友人にもそうしているようでした。押しつけることも、見返りを求めることもなく、いつも周りを明るく巻き込む家族でした。

単身の海外駐在は、ふと孤独を感じ寂しくなる瞬間があります。このご家族の温かさは、それを和らげる大きな存在となり、私の、人との付き合い方や、家族観を根底から変えていきました。生涯独身で好きな街を飛び回る生活も悪くないけれど、こんなふうに「チーム〇〇家とその仲間」で生きていけたら、めちゃくちゃ楽しいだろう。

半年ぶりのドイツで彼と再会

マレーシアに転勤して半年後、夏休みがやってきました。行き先はドイツ。久しぶりに会う、ビデオ通話の画面越しではない彼。2人のお気に入りだった場所を、一週間かけて訪れました。彼の家族からは、ドイツの夏の風物詩、バーベキューで歓待を受けました。

そんなドイツでの夏休み終盤、参考程度のつもりで、2人で役所を訪れてみました。Standesamt(シュタンデスアムト)といって、結婚、出生、死亡などの登録をする役所です。
役所では、日独カップルの結婚に必要な書類について教えてもらいました。通常、ドイツでは教会か役所で結婚式を挙げますが、役所での結婚式の様子を聞き、実際の部屋も見せてもらえました。

職員さんの説明で具体的なイメージが湧いてきたせいか、あるいは、まもなく私の夏休みが終わり、また別々の生活が始まることがさみしかったのか。参考までに訪問したつもりが、単純な私たちは、役所を出るころには、結婚を現実のものとして意識するようになっていました。

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この記事を書いた人

1982年生まれ、A型。会社員。2014年よりドイツに3年半、マレーシアに2年半、駐在員として海外で働く。2020年10月、コロナ禍の中、本帰国。現在はドイツ人の夫、2021年生まれの娘と、都内で三人暮らし。
趣味は朝ヨガ。好きな食べ物はダークチョコレート。

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